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高麗の焼物
高麗御本茶碗 | 高麗伊羅保茶碗 |
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高麗御本茶碗 | 絵高麗茶碗 |
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玄悦御本三島茶碗 | 絵高麗御本 手桶茶器 |
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高麗青井戸茶碗 | 高麗伊羅保茶碗 |
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高麗 斗々屋 茶碗 | 高麗 本手 絵御本 茶碗 |
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高麗御本茶碗 対州窯 | 高麗井戸茶碗 |
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高麗御本粉引茶碗 | 高麗青磁茶碗 |
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高麗三島茶碗 | 高麗御本狂言袴茶碗 |
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高麗御本立鶴茶碗 |
高麗鉢 |
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奥高麗茶碗 4、50年前頃に先輩達はこう言っていた。 奥高麗は唐津の奥で出来たからだって。 そうだろうか? 私は、唐津で粉引の高麗茶碗を作り上げたからだと思う。 奥高麗モデル 私は高麗茶碗を手にしたのは三つです。 本物の高麗茶碗と思っています。 江戸時代初期、朝鮮の釜山にあった倭館窯では 日本の茶人からの注文により茶碗が焼成されていました。 日本から渡った作陶の指導・責任者により御本茶碗が生まれ、 特に御本七作と呼ばれる対馬藩士の名前は有名で、 私が手掛けた茶碗を作った【船橋玄悦】もその一人に数えられます。 元は対馬藩のお抱え医師だった玄悦の指導で、 刷毛目や暦手の文様で意匠されたこの茶碗は、 御本三島茶碗として優れた作振りです。 伝世箱には江戸中期の茶人で表千家流久田家4世【不及斎】 (1680-1744)による「対州 玄悦作 みしま(花押)」の書付があります。 高麗伊羅保茶碗 |