幕末期 長崎で活躍した人物 |
「グラバー」
(1) (トーマス・ブレーク・グラバー)天保9年(1838)〜明治44年(1911) 貿易業者。英国スコットランドのブリッジ・オブ・ドーンで誕生。 父は海軍将校であったが、のち、造船業を経営、これがグラバーの人生に影響を与えた。 安政6年(1859)開港直後の長崎へ、弟二人(他説あり)と共に渡米、 グラバー商会を設立。当時の薩摩・長州藩等西南諸藩の勤王勢力の協力な後ろ盾となる。 明治元年(1868)長崎港外に高島炭鉱を設立。 (2) 「高島炭鉱」は深堀藩営で本藩である佐賀藩が文化14年(1817)ごろ管理する。 明治元年(1868)6月に佐賀藩がグラバーと共同経営をする。 佐賀藩の代表が松林である。 (3) 佐賀藩士松村源蔵と新式の採炭機を用いて洋式竪坑とし。 慶応2年(1866)には薩摩藩士五大友厚と修船場(ソロバンドック)を経営。 後にどちらとも政府に買い上げられた。 (4) 明治14年(1881)岩崎弥太郎に高島炭鉱を、同17年にソロバンドックも三菱の所有になる。 (長崎では修船場というより、ソロバンドックというのが知られてる) 後に東京の三菱合資会社に顧問として招かれた。 (5) 妻は日本人ツル・長女はお花・長男は倉場富三郎。 トーマス・グラバーは日本在住50余年、東京で慢性腎臓炎で73歳で没す。 墓は長崎市坂本町の国際墓地。 日本政府から明治41年(1908)7月10日、勲2等旭日重光章がおくられた。 |
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長崎市八幡町7−6 TEL・FAX 095-821-8813 |
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